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朝活学びメモ

更新日 2020/12/14(月)

今朝の学びメモ 2020.12.14


今朝は、「農業講座」第7講と第5講でした。


7講では、樹木の本質の内容でしたが、そこから根の話しでもあるなと感じながら読み、途中で第5講のカルシウムについて書かれているところに誘われた。


おそらく、私が知りたかったことは第5講の方でした。

それは、施肥

「大地にカルシウムを与えなくてはなりません。」という一節に目がとまりました。


植物が病気になったら肥料を合理的に作ることによって治すことができる。


この夏、きゅうりの葉が赤く斑点になり病気が出た際、父か石灰をふるように言われました。その理由がわかりませんでしたが、これかな?と思いました。


『カルシウムを大地に与えるとき、有機体を経由させなければ何の役にも立ちません。カルシウムが治癒能力をもつためには、生命あるものの内部にとどまっていなくてはならない。けっして生命のある世界から外に出てはいけない。ふつうの石灰やそれに類するものを使用してはいけません。』


シュタイナーの「農業講座」では、ふつうの石灰を使ってはならず、ナラ類の樹皮(カルシウムを含む)を使うように書いてあります。


カルシウムは死んだ状態でも作用を発揮しますが、まだ生きているカルシウムを使うことをいっています。


エーテル体があまりに強く作用しすぎて、その結果、ある有機体の中でアストラル的な物が力を発揮できない場合に、カルシウムはバランスをとる力を発揮します。


この夏、きゅうりの葉が肥大してその後葉に病気が現れていき、父からカルシウムをふるように言われた展開はこれにあたると思う。


この時、私が父に言われたカルシウムは、つまり貝化石の石灰で、シュタイナーのいう死んだカルシウムになります。


使うものの性質の違いはあることを認めますが、手順としては間違っていいないという受け止めをしています。


さらに、自分の解釈でみていくことを続けると、マグノリア農園では竹パウダー(生の有機質)をつかっていて、竹パウダーのもつ菌が死んだ鉱物を生命あるものに変えているという仮説があるので、単純にふつうの石灰をまくのとは違う結果をあらわしているような気はしています。


でも、カルシュウムの捉え方をもう少し丁寧に考えて施肥していくことが必要だと感じられたことが今朝のよき学びでした。


私は、以前にも書きましたが、化学肥料を使うことでバイオダイナミック農法とは言わないという否定的な見方をする人を恐れて化学肥料を使っていることには触れないようにSNSの投稿をしていました。しかし、現に化学肥料を使わないと野菜の姿が違っていく様子をみていると、植物の栄養というものが単に化学肥料を使う使わないという視点を超える必要があると気づいて父から借りた本を読んでバイオダイナミック農法の原則と照らし合わせながら読みました。

そして、植物を育てる原則をまず知らないと間違いがおこることが分かり、原則をまもるには植物から得られる栄養と鉱物から得られる栄養の違いを理解する必要があり、また、その植物と鉱物をつなげる存在というのもいるようなきがしてきました。そんな自分の中に芽生えた答によって、その先に自分を進ませるために化学肥料を使っていることひ触れました。



シュタイナーも完全否定ではなく、

『あらゆる石灰にその作用があるが、しかしもし私たちが、強い力をもつエーテル的なものが身を引いていき、その身の引き方が本当に適切に行われ、有機体の中でショックを起こさないようにしたいと思うならば、その際私たちは奈ナラ類の樹皮の中に見いだすことができる構造をもったカルシウムを使用しなくてはならないのです。』


なるほど~

きゅうりの葉が肥大した後、石灰をふる意味が理解できず化学肥料を使うことへの抵抗から対処しなかった際、その後、ニジュウヤホシテントウがじゃが芋の葉から移動してきてレースのように食べつくしていったのを思い出します。


『エーテル体があまりに強く作用しすぎて、その結果、ある有機体の中でアストラル的なものが力を発揮できない場合に、カルシウムはバランスをとる力を発揮します。』


上の文をこの夏の農園で翻訳すると…

エーテル体はあまりに強く作用しすぎて、きゅうりの葉が肥大し、アストラル的なものが力を発揮できない状況を、ニジュウヤホシテントウというアストラル性を持つ虫がカルシウムの代わりにバランスをとる力のために働いてくれた。というふうになるのではないかと思います。


マグノリア農園は、基本的に父の編み出した竹パウダーをつかった農法にバイオダイナミック農法の要素を取り入れています。その竹パウダーが、当面は石灰が植物に与えるショックを和らげてくれると思います。



シュタイナーがいうには、ナラ類の樹皮の中に存在するカルシウムの構造がもっとも理想的なのだそうなので、日本でそれにあたる植物から得られるカルシウムを探していく必要があるのだろうと思います。


竹パウダーがこの理想的なカルシウムの構造に錬金術してくれているという考えに依存していてはだめなのだろうか・・・

もう少し時間をかけて考えようと思います。



そして第7

『大宇宙的観点から生長というものを理解することが大切。』

といっているのはシュタイナーさんで、


『樹木とは、

その上に成長するさまざまな植物

すなわち茎や花や果実や根を、ばらばらに分解し、お互いに離して

それらを霊的なもの、いうなればエーテル的なもので結び合わせるために存在するものなのです。』


植物も健康を害すると病気になる。

植物のすこやかな成長を願い、ときに薬が必要になったら正しく与えてあげないといけない。そのための知識は大事だと思う。そして、その知識は実践の中で使われて正しいと間違いが見えてきて、その中から育てられた智恵が他の人とも共有できる財産的な智恵となるのではないかと思う。


マグノリアの灯の活動で、私は大地の上での体験をとおして、先代が残していった智恵と触れ合いができていると感じることができたように思います。その経験が、土地と共に生きる農民の中に宿る神聖さを知ることができ、幼き日々の農家という親の職業に対してもっていたコンプレックスから解き放たれてきているように思います。


7講の樹皮と第5講のカルシュウムの関係がわかった朝でした。


橋本京子