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肉体と生命体と感情体と思考でできている私

更新日 2020/04/03(金)

昨日の自分と、今日の自分は少し違う…

過去の自分と今の自分はおそらくだいぶ違う…


震災と原発事故の後、私は色々な感情のうずにのまれて先に進めないでいる時がありました。ポジティブになろうとして進もうとしてはみるもののどう足を前に出していいかわからなかったとも思います。


でも、人間が肉体と感情だけで生きているのではなく、惑星の影響もうけながら生きているという話が聴けたとき、涙が流れ始め、同時に自分についている両手をながめて、自分には動かせる手も足も呼吸をする肺や食べ物を消化できる胃袋や拍動する心臓がすでにあるということに気づきました。生きていたんだなぁと思いました。(それは、決して能動的に生きているというわけではなく、受け身的に生かされている感覚だったのだと思います。死ぬまでは生きていなくてはいけないような。)


でも、生まれてくる前に自分が人生を始めようとした意識があって、地上に降りてきたことと結びつくと、こうしちゃいられね!っていう気持ちが湧いてくる感じもあり、生きなきゃと思いました。(今考えると、それは生きている目的を果たさないとというような意味合いのもの)


自分の意志で未来に進んでいくことを意識した瞬間といいましょうか。(足の出し方に正解があるのかがわからないのは変わらなかったですが、出し方はどうあれ、とにかく前に出していたらたどりつくところがあるんじゃないかと未来を肯定的にとらえられる意識への変化が起こったとでも説明しておこうかな。)


私を構成している細胞は、新陳代謝していて新しく生まれ変わっているそうですね。自分の体で体験できることは以前からわかっているものもありました、女性は約28日周期で生理がくること、皮膚も約28日周期で剥がれ落ちること。でも、もっと多くの細胞が自分を取り巻いているということまで意識を向けて考えることはありませんでした。


<※医学的なことはど素人なので、感情と内臓と惑星との関係については季刊誌を参照くださいませ。>


それは、病院に行けばお医者さんが診てくれるとおもったから。


でも、そのお医者さんでも逃げ出す参事が起きた福島で、今すぐ影響のでない放射線の影響を的確に教えてくれる先生には会えませんでした。


でも、マグノリアの灯の理事長の山本先生は、ちょっと宇宙的な話をする変なお医者さんで、福島にいる私たちを魂の領域から診察してくれていました。それは、診察室ではなく保育園の教室で行われた講義の中でだったと思います。あれから自治体の施設の会議室とか児童養護施設の心理療法室をお借りして講義や講演会という名の診察ををつづけてこられ、それから昨年病気で先生がダウンするまで8年におよびました。昨年1年間は病み上がりのため横浜で養生に専念していただきましたがが、それでも常に福島のことを気にかけてくださっていると思います。


放射能問題を考える時に、まず人間とは何であるかがわからないと起きてくる病気がわからないように、私が私自身を理解するまでに9年かかっているという時間の経過があります。今も継続中で、自分を認識する修行中です。それが、あの時には見えなかった未来が今なのだろうと思います。あの時、踏み出し方がわからないながらもとにかく今より前に足を出すということをしておいてよかったなと思います。


ということで、放射能をしらなかった頃の私の細胞は死んでいき、新しい細胞が私を構成している2020年の私で生きています。未だに放射能とはこうゆうものだと言い切れる私になった訳ではないのですが、反対に、放射能を受けている私という人間はどのようなものなのかということについては考えを重ねてきています。残念ながら、一言で「こうだ!」とまとめられないのが神さまがつくりあげた人間なんだろうと思います。


ただ、細胞の入れ替わりの素晴らしいところは、入れ替わりがスムーズで気づきにくいというところだと思います。昨日生きていたはずの細胞が今日目覚めたらいないということが起きているのだろうと思いますが、心臓を止めたり食べることを止めたりしなくても行われているように見えるところです。


社会システムで考えてみると、新入社員さんが新しい生活をスタートする季節ですが、会社で新人さんが一人前になるまでというのは、ある期間先輩に付いてオリエンを受けたり、仕事の引継ぎで1つの仕事を2人で行うという仕事内容のものもあると思います。銀行のATMにいたっては、メンテナンスの時に機械を止めてプログラミングしなおすのか利用停止の時間があいたりしますが、人間は機能を停止することなくスムーズに入れ替わって何事もなかったかのように、細胞が入れ替わる前と同じ自分で普通に生活できていて日常的には気づきにくいものなのではないでしょうか。でも、確かに入れ替わっているようなんです。



余談ですが、爪は1年くらいかけて生え変わっているようです。

爪切りで切り落とした数ミリの爪は、約一年前に爪の根元で生まれた爪だと思います。


というのは、2017年6月ごろ、農園にぶどうの棚を作るのを手伝っていた時のこと、ハンマーで杭を打っている時に間違って足の親指にハンマーが当たりました。シティーハンターの冴羽亮が浮かぶようなハンマーだったので、かすめただけでも私の足の親指のつめがチマメになりました。そして徐々にはがれていき、そのあと新しい爪がでてきて、約1年後に再び6月がやってきた頃、きれいな爪が親指の先まで到達して元の私の足の親指の形に再生されるというのを観察していたころの実話です。



一方で、肉体の方の入れ替わりがそんな風に行われているのに、人間の心はなかなか新陳代謝していないということにも気づきました。肉体が別物に変化しているのだから、悩みに支配され続けなくても感情も新陳代謝してリニューアルしたら楽なんじゃないかと思いました。なんでできないのだろう?それは本当にできないのでしょうか。


昔嫌いだった人を今でも嫌いだと思っていたり、苦手だった科目を今でも嫌いだと思っていたり、いつまでも嫌な自分や出来ない自分を後生大事に抱えている。感情もリニューアルしていいんじゃないかと思います。


そんな謎がわいてきましたが、私は自分の体に起きた病気を通してその疑問に対する答えをみつけていきました。


幸いなことに、そのたぐいの問いにも、山本先生のアントロポゾフィー医療は答の探し方を教えてくれました。「答の探し方」というのがミソで、「答」を教えてくれるわけではないという医療でした。


待てない性格もあるので、単純に答えだけを教えて欲しいと思って相談してみるのですが、答えに辿り着くためのヒントはくれます(それも時と場合によります笑)が、鞄持ちの仕事も長くなると直接答を教えてもらうこともなくなるので、私が答に辿り着くのに9年もかかりました。


しかしながら、先生が答を簡単には教えてくれないという忍耐を続けることによって、簡単に教えてもらった答えはすぐに忘れてしまうけど自分で苦労に苦労して出した答えは忘れないということがわかりました。そうすると、その答えは今度は「杖」として使えるようになるということを知ります。そして今、その杖は自分以外の他の人に役立たせることができるのだということを実感し始めているのです。

そして、こんな風にマグノリアニュースに書いたりしています。


そう、この診察は、検査して診断名をつけて薬を処方されて帰る病院とは違っているということでした。アントロポゾフィー医療とは、その人自身が病気の原因に気づいて自分で癒していく医療だと言えると思います。そのために、山本先生はサポートをしてくれている。


宇宙の言葉をつかって…


そして、私たちは、昨日までの苦難を超えて行ける杖を手に入れて自分で生きていくことができるのだろうと思います。アントロポゾフィー医療は奥深いと思いました。


そして今私はバイオダイナミック農法を取り入れた農業を父としています。

バイオダイナミック農法は、農業者自身が変わっていく(変容していく)農法とシュトックマン司祭さんもおっしゃっていました。(マグノリア文庫「収穫」より)


山本先生が患者さんを診るように、農業者は土や植物に対してアントロポゾフィー医師的な視点をもって診ていくてことなのだろうと思います。


昨日の自分を超えて日々新陳代謝していくことから、自分が使える杖を手に入れる。そして、自然との新しい向き合い方ができる人間に生まれ変わっていくということを、シュタイナーは農業講座で言いたかったことなのだろうと私は思います。


だから、山本先生のアントロポゾフィー医療というのは、つまりバイオダイナミック農法でもあるのだろうと思います。


医者と農業者が、地球と植物と人間の健康について考える新しいキャンパスの形。それがこれから未来に創っていくアグリ・キャンパスではないだろうかと考えています。


自分が自分を認識して健康のバランスをとっていく自助努力をしつつ、バランスが崩れたらアドバイスをもらって自力で健康のバランスを整えていく医療が、医療崩壊を生みださない未来の医療になるのではないか…と私は考えています。


昨年元号が「令和」になりました。

「和」する時代の到来。

「令」は法令の令でもあり「きまり」という意味もあります。


天体の巡りには法則(きまり)があって、そこから生みだされたエネルギーが地上に届いていると思います。その人間が生み出したものではないエネルギーの法則(きまり)と、地上に生きている人間を含めた生命が調和していくことが令和の時代なのではないだろうかと、私はマグノリア農園の畑の中で考えています。


私たちの内側と外側があり、光と闇があり、天と地があり、陰と陽がある。

コロナウイルスが外からやってきたものではなく、人間の内側から生まれてきたものという考え方もあるようです。いずれにしても、人間の知識では及ばないものがたくさんありますが、時々は宇宙の叡智から地球を眺めるという視点ももちながら自分を律しながら日々淡々と過ごしていきたいと思います。たくさんの情報があふれているこの世界で。



<橋本京子>


マグノリアの灯を支えて下さった皆様のおかげで、あの難局からここまで足を進めて来れました。ありがとうございます。

NPO法人としての役目は最後の1年となりました。

どうぞ最後の年度も変わらぬご支援を賜りますようお願い申し上げます。


ここで得たものは、次の場所で引き続き育てていく予定でおりますが、それについては最後の季刊誌発行までしばしお待ちくださいませ。