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1人/福島県民(福島県民分の一人)のあれからのこと

更新日 2020/03/23(月)

原発事故に関することが薄れてきていますが、新型コロナウイルスの混乱に触れて、あの時の混乱ぶりを思い出しています。

震災後の原発事故での混乱時には、気持ちを前に進ませせるだけで精一杯でしたが、あれから10年目になる今の私で、あの時からのことをふり返ってみたいと思います。


今更、炎上覚悟であの時の感情を赤裸々に書くのがいいのか、その内容に触れて再び傷つけてしまう人がいることを承知の上で書くことが良いことなのかわかりませんが、原発事故後、何が苦しかったかと言えば、誰か悪者をつくって責任を押し付けても私の中でおきている問題は何も解決しなかったというです。


電力会社を責めれば、そこで働いて生活していた人たちを悲しませ、そこに原発を誘致した人たちを苦しめる。

その原発でつくった電気は福島では使われず、関東圏で使われている。だからと言って、関東圏の人たちを恨んでも放射能汚染があるという現状が変わる訳ではない。


「放射能汚染」という現状を与えられて、報われない気持ちを抱えながら、今後も福島で生活を続けるのか続けないのかという選択をそれぞれが答をだしていくしかなかった。


そして、線量計の示す数値が人体に与える影響はすぐには無いと言われても、戦争と関連した被ばくのイメージからくる恐怖や不安とどう向き合えばいいのか、しかし、ここで受けた放射線による内部被ばくや外部被ばくが与える影響は30年たたないとわからない。


今、福島に住み続けることを決断して、さて30年後の自分はそれで病気になり病院のベッドの上にいる時、はたして30年前の自分の決断を思い出して、それを許せるのだろうか…という、自分の人生への責任をとることへの恐怖が生まれたことは忘れられません。私は独身だから、自分の体のことだけを考えればよかったが、それが子を持つ親ならどうだろうか…。子どもの人生への責任を背負ったお母さんたちの気持ちを考えると、自分はどんな決断をしただろうか…。色々な条件下でそれぞれが考えて答を出してきたと思います。何も間違いではないし正解もわからない。そこには、ただ不安しかなく、それを解消するのために聞いた専門家の話は、危険という話と安全という話と両方の立場で話す人達があり、不安の解消に役立つどころかより不安の揺れ幅を広げてくれていた。現状が「こうだ」と断言できる人がいなかったし、断言できる内容ではなかったということが人々を混乱させていったのだと思います。


私は、30代前半の独身で結婚の予定もありませんでしたが、子どもを生むときの心配について、何も思わなかったかと言えばウソになりますが、若い子が、それを理由に結婚を断られる…とかも起きていましたね。


誰かが大丈夫と言えば、大丈夫なんじゃないだろうか…って、他の誰かに責任をゆだねるということも考えました。それが一番楽でいいかなと。考えることを放棄したくなることもありました。


私は最終的に、「自分の人生に自分が責任を持つ」しかないという答をもつことで前に進もうとしました。


炎上覚悟で言うなら、たくさん愚痴は出てくる。

福島から見る政治の中心は、滑稽でしかなかった。

政治家がいち早く逃げたというニュース、国会でのやりとりは、責任のなするつけ合い、誰一人原発事故後の方向性を出せる人がいない。


あれから何年かたってようやく東京に行く気になれて東京に行けば、夜はギラギラ電気がついていて、何も変わっちゃいない光景を目の当たりにした失望感。

人間は何も変わっちゃいないな~と思いましたね。

それは、自分達の生活だけが一変したという恨み根性だけが成長していきました。


でも、自分たちもそれは同じで、東北で使う電力は女川にある原発で、宮城の人たちの安全の犠牲に電気を使っている。


炎上覚悟の愚痴は、同時に自分への否定となり、自分への厳しい問いかけをしてくる行為でもあった。


誰かに責任を擦り付けたかったが、その方法はことごとく自分達を苦しめる結果になる…私以外にもそんな風に考えた人もいたんじゃないかと思いますが、原発問題に触れるたびに、そんな連鎖が起こり、福島にいる限りその連鎖の中に沈んで浮かび上がれないことが苦しくて仕方なかったです。


そういうことが、テレビ等のニュースでは伝わらない個人レベルの感情的な問題だったと思います。


(県外に出ると、「いいな~」って。なにも考えなくてもいいな~って思って、考えることを放棄したくなりました。ニュースで、「空間線量測定結果」の数値とか流れないし…。)


そんな先の見えない中で、これから進んでいく道はどこなのか。

誰も答がわからない中、自分達で答を探す旅に出た…それが、前身の勉強会であり、現在のNPO法人マグノリアの灯であったと私は思います。


誰も悲しませずに、誰を恨むこともなく、自分と社会を幸せにしていく方法の模索が始まった。その時、シュタイナーの思想から現代の自分達の問題を捉え始め考え始めた。

それが、NPOのはじまりだったかと思います。

そして、震災から10年目、法人設立から8年目を迎える2020年、4月からの新年度をもって解散の予定です。NPOの役目を終えて、新たな変容をしていく予定でおります。


人間とは何か?

地球に生まれてくるとうことは何か?


自分を正当化したくなる時は、誰かを悪者にする方法をとりますが、原発推進してきた国の方針について、今私は反対する側にいます。しかしながら、電気を使う側にもいます。

矛盾です。

この矛盾から何を生み出していくのか。

それこそが大事なのだろうと思います。

意識体から肉体をもたて生まれ、その意識をどう変容させてあちらの世界に帰っていくのか。そんなこと意識しなくても生きていく人生もあるとは思いますが、あの原発事故による放射能問題は私の意識を変えてしまったので、生きている限り考えて行きたいと思います。そして、できることなら、この世界に創造することを楽しんで生きてみたいと思っています。

いつかたくさんの人を巻き込んで、マグノリアの灯が灯ることを私は願います。


10年前の震災が起きた日も、そして、原発の建屋が水素爆発したという日も、私の周りには、冷静にことに対処していた人たちがいた。そして、原子力発電所で頑張っている人たちへエネルギーを送ろう!と言っていた人たちと共に、想いを同じくして自分がいる場所でやれることと向き合っていた。気休めのような言葉で決して現状が一変することはなくても、私の心の揺らぎはそういう人たちの言葉によって保たれていたことは忘れられない。


あの絶望の中で、何も先が見えない暗闇の中で見つけた一筋の光りが、この10年目を迎えられた私の中に灯っていた一筋の光りであったように。どんな絶望がやってきても、いつかた辿り着く光がある…。自分を信じていけば大丈夫。そう、私たちは生まれる時にもってきたものがある。悪を叩くことで安心しては明日を生みだせないのだろう…と思う。私は、理事長の山本先生に逢うことによって、シュタイナーの思想に出逢うことによって、一度はあきらめた、「自分を信じる」という力を再び手に入れられたのだと思います。

それは、未来をつくりだすエネルギーだと、今ならわかります。

明日をつくりに行く。


一人一人が創り出してきた世界が今であるならば


一人一人が創り出した世界が明日を創るだろう…



〈橋本京子〉