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会津農書 会津農書附録  佐瀬与次右衛門 日本農業全集 より

更新日 2017/12/20(水)

今日、農業センターに本を借りに行きました。

『会津農書』という本ですが、福島県本宮市にある農業センターの図書館に保管されています。

貸出用もありますが、貸し出し禁止の方を閲覧してきました。

その中に、「まえがき」があり、与次右衛門さんが、どうしてこの本を書くに至ったのかが記されていました(原文は漢文体のようで、カナ交じり文をさらに訳したものになっていますが)。それを読んでいて、なぜだか心が温かくなりました。借りることができないので、書き写してきましたが、書き写しながら心躍るワクワク感があり、懐かしい人との再会のような嬉しい気持ちになりました。

以下、引用します。

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 農民は、時節と田畑の地形、土質を考え、その年の草木の芽生えや花の咲き方、実のつくようすを見て仕事をすすめるとよい。そうすれば、作業の適期を違えることがなく、五穀は実り、野菜の育ちはよく、根も茎も豊作になる。そして年貢を納め、その余りで妻子を養育できる。

 【農家の三つの徳】

 古今、人民が自分の仕事について知ろうとすることを智という。また、なさけ深く、父母兄弟と仲良く、友達と親しく、使用人をいたわることを仁という。そして、寒さ暑さをいとわず耕作に努めることを勇という。


 ひそかにあちらこちらの村里の暮らしぶりをみると、農村に生まれて農業にたずさわりながら、農事にうとい者が多い。種播き、植えつけ、耕し、草取りの時期や、手順をわきまえていない。ただ、他人がすることをまねるだけで、自分で考え工夫をして耕作しないから実を結ぶべきときが来ても何も収穫できないのである。経験と努力の積み重ねなしに、どうして収穫の方法を会得することができようか。

 そこで、私は愚か者ではあるが、農作業の時節を間違えない方法を探し、農事に勤めてその損益を考え、研究しているうちに、やむにやまれない気持ちにから、3巻の書物を著すに至った。考えてみると、幼いときから学問にうとく、日本や中国のすぐれた書物を読んだこともない。卑俗な言葉でむやみに書き綴ったにすぎない。ただし、農作業というものは、その国の気候によって作業適期に早晩があり、地味のよしあし土質の相違、田畑の地形によって、作物の品種もさまざまであるので、他国にこのまま当てはめることはできない。ゆえに、これを「会津農書」と名づける。

 また、その本をまとめるに当たって、二つのことを意図した。一つは、私自身の農作業の記録として、これを子孫に伝えて、彼らの技術を向上させるという目的。これは、私的な目的である。もう一つは、私の肝煎としての勤めを果たし、この村の農業技術の未熟な者たちに教えるためであり、これは公の目的である。これによって、いささかでも、郡中の農家のために役立つであろうかと思う。私のような愚かな者でも、これを懸命に学べば、当たらずといえども遠からずというたとえよういえように、いささかの役には立つであろう。

貞享元年三月上旬

奥州会津郡幕内村  佐瀬 与次右衛門 記す


注釈)  幕内村・・・現会津若松市の西南の郊外にある。江戸時代には、北会津郡神指村幕内と呼称したが、現在は会津若松市に合併。旧戸数は、四十八戸前後だったが、現在は、都市化の傾向をたどり百八十二戸となる。

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 私は、農家の娘でありながら、農作物を育てたことがありません。農事にうとい私への手紙か!?と思いました。他人のまねをするどころか、何も考えていないで畑にいる・・・与次右えも~ん!!!(ドラえもんに泣きつくのび太君)

 そして、その帰りの空は雲ひとつない晴天で、綺麗な夕焼けのオレンジに、西の吾妻連峰の稜線がくっきりと見え、徐々に空が群青色に染まり、上弦の月が現れてきました。

 機会がありましたら、農業センターをのぞいて「会津農書」を手にとってみてください。

 また、バイオダイナミック農業の講座も定期的に開催する方向で検討中ですので、ぜひ、そちらもご参加いただければと思います。

それでは、2017年も大変お世話になりました。

せわしない年の瀬となってきましたのが、みなさまお元気にお過ごしください。