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マグノリアに捧ぐ2021

更新日 2021/04/08(木)

マグノリアに捧ぐ2021                                                          山本忍 

  マグノリアの灯創刊準備号(2013331日発行)に執筆したタイトルが「マグノリアに捧ぐ」でした。8年後の今、同じタイトルで稿を起こす時、1オクターブ上の「ラ」の位置に来ているかのような、高揚感を覚えます。20115月、福島という聖地へ赴く使命感を持ちつつ、自らの高みへ向かう歓びに満ちていました。そして、このNPO法人が世界に対し一つの役目を果たし終えた今、既に次の山が待っていてくれています。NPOを支えてくれたメンバーや新たな隊員を迎え、再び至高の山を目指す山岳隊の気持ちです。滑落・遭難の危機を経験したことも、次の道を目指す際の糧になってくれるでしょう。マグノリアを冠したパーティの一つは、Licht(灯)から Kreiz(十字)へと名称を引き継ぎ、出発します。いつかまたその行程を皆さんにご紹介する日が来るでしょう。

  マグノリアの花言葉(1「恨みつらみさえ慈愛に変える」を理念とした出発点から振り返りながら、このNPO法人の歩みと、少し先の未来まで展望してみたいと思います。

 (1)小腸〜母なる記憶

 癌になりやすい臓器、なりにくい臓器があります(2)。熱の働きを強くもつかどうかによるため、熱の絶対量が圧倒的に多い心臓と小腸には癌は滅多にできません。私の母は、その小腸にできた悪性リンパ腫という癌で亡くなりました。医師になって3年目の出来事で、息子に与えられた大きな課題となりました。その答の入口にようやく辿り着いたのは、8年後のことでした。肺は悲しみ、肝は怒り、腎は恐怖をそれぞれ浄化する働きをもっていますが「小腸は最もネガティブな感情を最も高貴なものに変容する」というのが、最初の答でした。横浜に内科小児科クリニックを開業して2年目のこと、傍らに木蓮の木が真っ白な花をつけるのを目の当たりにして、マグノリア(モクレン科の花の総称)とは、ネガティブなもの全てを変容する母なる臓器、小腸と同質であると感じました。怒り・恐怖・恨みを変容するとは、全て腑に落ちるまで理解するということで、その時初めて赦すことができます。小腸とはそれを可能にする能力をもった赦しの臓器なのです。

地名の神之木台からいただいた神之木クリニックですが、私にとっての神の木は、木蓮そのもので、後に仲間たちと協働作業の際に冠することになったマグノリアの名称は、この母なる記憶に由来するものです。 

(22人の兄と幼い少女

 私には2歳下に弟がいますが、生後間もなく亡くなった2人の兄がいます。1人目は1週間、2人目は数時間、この地上で生きて元の世界へ戻っていきました。母が墓参で、小さな墓石にお線香をあげる際、幼い私に幾度か聞かせてくれたことです。共働きだった両親に代わり、私は祖母に育てられましたが、94歳まで生きた祖母は、9人の子を育て(4人の男の子は全員戦死)、9番目の子が私の母にあたります。が、当時の私が祖母や母から感じたのは優しさや謙虚さだけで、母にとって子どもを失う悲しみが計り知れないこと、胸に秘め記憶に刻まれたものに、息子の私が気づくのに長い年月がかかりました。小腸という臓器、木蓮という木から私が掘り起こしたもの、言動や行為となって私が発し続けたものは、この母なる記憶を源泉にしています。そして、今振り返ってみる時、私がこの人生で行くべき場に、亡くなった兄2人が準備万端整えて待ってくれていたのです。1人は建築家(尾竹架津男)、もう一人は有機農法家(橋本文男)の姿をとって。

 幼くして亡くなったのはその2人だけではありません。祖母に見守られ2歳の私が一緒に遊び、小川で溺れて亡くなった少女(座敷童ウィルス/クプギプ本P153)もまた、福島で出会うことになりました。原発事故後の混乱の中、福島に赴いた私を迎えてくれて、私に働く場を用意してくれたのです。彼女にとっての父、有機農法家(橋本文男)、私にとっての兄を連れて、いのち育む場にやって来てくれたのです。

 (3)境域を超える

 人が成長する7年周期の、9回目の7年期が63(3です。私の母が亡くなったのは64歳、後を追うように父(母の4歳年下)が亡くなったのが62歳です。この人生の節目を、20212月に私も迎えました。63歳以降は、再び0歳となって始める余生で、恩寵としての人生です。3年前還暦を迎える直前、病に倒れ3ヶ月間の療養を余儀なくされ、境域を越える覚悟をしましたが、物質的体がもう少し先まで保つよう調整してくれたのでしょう。恩寵としての人生を生ききりたいと思っています。

 0歳の子たちや、障がいをもった子どもたちが、私にとって最良の師匠で、多くの秘密を運んで来てくれます。彼らの通訳として両親にお伝えする作業が私にとって喜びでもあり、訓練になっています。通訳としての技量が上がる度に、境域の先にある豊かさに驚かされます。お伝えするためのツールとして、わらべ歌やメルヘン、絵画や造形、美しいリズムや動き、動植鉱物たちの織りなす営みが役立ちます。それらを然るべき方法で、正しい道を通って運ぶ役目を果たしていきたいと思っています。

 (4)西から北へ

 クリニックを横浜に授かって16年目、見守ってくれていた白木蓮の木に別れを告げ、長崎で理想の病院作り計画を立てていましたが、それを白紙に戻した半年後、東日本大震災が起こりました。過去に原爆で傷ついた西の地に向かうのではなく、原発事故後の未来のために横浜から北へ向かうのが私の行くべき方向だと思いました。

 アレキサンダー大王の東方遠征により、東西文化の融合、哲学・技術等々の飛躍的進化が生まれました。自分が東西南北、どの方面に向かうかは、予め自分の腹(小腸)の中に刻まれた声に従うなら、求める「形」「動き」「叡智」に到達します。いにしえに培われ、形成された叡智を現代的に復活させ、新たな時代の礎を築くことが、私たちに託されたものでしょう。横浜-郡山間を新幹線で何度も南北に往復する中、夕焼け・朝焼けの空から降りてくる確かな眼差しに触れ、私は深みへと分け入りました。囚われの身となって喘ぐ福島第一原発周辺地域、長年の搾取により傷ついた大地、それら病理的側面が、秘儀の扉を開いてくれたのだと思います。天と地、実社会と異世界を結ぶ橋を架け、新たな種蒔きを、10年かけてマグノリアの仲間たちと行って来ました。さらにその先に進んで行きたいと思っています。

 

(つむぐマグノリア5へ続く)

 

(1)一般的には「自然への愛」「持続性」「華麗」「壮大」等の言葉が当てられている。(2)癌になると治りにくい臓器、なっても治りやすい臓器も統計的に算出されていて、治癒率ほぼ100%が甲状腺です。200人を越える福島の子どもたちがなった甲状腺癌にも、深い愛と配慮を感じます『三分節で考える病の意味』(マグノリア文庫1)。

(3)シュタイナーが亡くなったのも63歳。